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2013.01.20

水神社 吉備津大将軍神社 芋の宮大明神

春陽軒」で昼飯食べた後、気になっていた吉備津神社まで歩いてきました。なぜ阿波の国に吉備の神社があるのか。

春陽軒から田宮川沿いに歩いて「お食事処ふく一」「城北眼科」「前田電機」と過ぎてたら「水神社」の看板が。前田電機の奥に小さな祠がありました。

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↑看板の内容を引用してみます。

水神さんの由来

此処は、藩政時代以前から田宮側交通水路の田宮村村営荷揚げ場であり、通称茶器の濱と呼ばれ水が渦巻く湾上の小さな港であった。かっては蜂須賀藩主代々の守り神として天神社(菅原道真公祭神)にお参りする参道の登り口であり、当時荷揚げ場管理者の坂野茂吉氏が、明治三十年代暮れの大洪水で上流より流れ着いた祠さんを押し流したが翌日同じこの港に舞い戻ってきたので、南郷の役員会で相談し郷の守り神として天神社祭礼日に合わせ祀ることにして今日に至っている。

古老の言い伝えによると、水神さん前の清らかな井戸水で眼病の人が眼を洗うと完治し、飲めば食欲が増進し健康回復する、水難で行方不明者の捜索には水神さんの「オシキ」を流せば遺体の付近に留まり発見が早かったと言い伝えがある。

昭和二十九年十月に当時の平和製紙株式会社が全面改築してから五十一年を迎え、老朽化したので、天神社一一〇〇年記念付帯事業として、平成十一年十月に天神社並びに地元有志の奉納金により立派な神殿が竣工できました。

総工費百十万円


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=> 田宮水神さん[タクドラの金太郎]

田宮郵便局から田宮街道を横切って吉野川の方へ。「宮崎農園」「日立化成ポリマー徳島工場」「ずゞや」を過ぎて久々にコンビニ「ユートピア」(春日店林商店)を見つける。

吉野川沿いの道に出て、下流に向かってちょっと歩くと「吉備津神社」が。河原側だと裏から入ることになります。境内には「芋の宮大明神」という狸の祠もあります。

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芋の宮大明神

昔はゴルフ場あたりにそこの芋畑が度々荒らされたので封じ込んでしまったと言ふ。子供好きで、毎年子供の相撲があり、賑やかだったのも昔語りとなってしまった。子供の無病息災、交通安全に霊験あらたかとして、詣る人が多い。

阿波の狸奉賛会

吉備津神社、狛犬が二対、参道入り口は住宅街側にあります。

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吉備津大将軍神社

徳島市春日一­­‐二‐八

祭り神は孝霊天皇の第三皇子の彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)で四道将軍の一人。吉備の国(現岡山県)を平定したがその地に没し、後に仁徳天皇が吉備津彦命と命名し創己した。そののち室町時代に足利義満が吉備津大将軍神社として再興、現在は岡山市内に国宝級の神社として鎮座している。

春日の当神社は、この地の庄屋だった鳥野七郎左衛門が蜂須賀蓬庵(家政)の家臣として鳥の森(現徳島ゴルフ付近)に赴いた時にこの地の守り神として吉備津大将軍の分神を祀ったことに始まる。吉野川改修工事に伴い大正九年三月に現在地に移転され、それ以来、由緒ある神社として、また近隣の氏神様として親しまれ今に至っている。(加茂郷土史より)

 

祭礼日 夏祭り 七月二十五日 秋祭り 十月二十五日

境内東側には狸の霊を祀った「芋の宮大明神」を合祀しており阿波の狸スタンプリレーの祠として子供たちに人気がある。

平成二十四年五月吉日 氏子一同


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=> 芋の宮大明神(いものみや だいみょうじん)[タクドラの金太郎]
=> Photo : 吉備津神社・大将軍神社 芋の宮大明神[alltravles]
=> ハニヤス[Wikipedia]
=> ウカノミタマ[Wikipedia]

=>阿波の狸の話 (中公文庫) 笠井 新也 [amazon.co.jp]
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